監査における不正リスク対応基準 第二 不正リスクに対応した監査の実施

監査における不正リスク対応基準

第二 不正リスクに対応した監査の実施

 1 企業及び当該企業が属する産業における不正事例の理解

 監査人は、不正リスクを適切に評価するため、企業及び当該企業が属する産業を取り巻く環境を理解するに当たって、公表されている主な不正事例並びに不正に利用される可能性のある一般的及び当該企業の属する産業特有の取引慣行を理解しなければならない。

2 不正リスクに関連する質問

 監査人は、経営者、監査役等及び必要な場合には関連するその他の企業構成員に、不正リスクに関連して把握している事実を質問しなければならない。

 また、監査人は、経営者に対して、当該企業において想定される不正の要因、態様及び不正への対応策等に関する経営者の考え方を質問し、リスク評価に反映しなければならない。

3 不正リスク要因を考慮した監査計画の策定

 監査人は、監査計画の策定に当たり、入手した情報が不正リスク要因の存在を示しているかどうか検討し、それらを財務諸表全体及び財務諸表項目の不正リスクの識別及び評価において考慮しなければならない。監査人は、評価した不正リスクに応じた全般的な対応と個別の監査手続に係る監査計画を策定しなければならない。

 典型的な不正リスク要因は、付録1に例示されているが、この他にも不正リス ク要因が存在することがあることに留意しなければならない。

4 監査チーム内の討議・情報共有

 監査人は、監査実施の責任者と監査チームの主要構成員の間において、不正に よる重要な虚偽の表示が財務諸表のどこにどのように行われる可能性があるのか について討議を行うとともに、知識や情報を共有しなければならない。

 監査実施の責任者は、監査の過程で発見した事業上の合理性に疑問を抱かせる 特異な取引など重要な会計及び監査上の問題となる可能性のある事項を、監査実 施の責任者及び監査チーム内のより経験のある構成員に報告する必要があること を監査チームの構成員に指示しなければならない。

5 不正リスクに対応する監査人の手続

 監査人は、識別した不正リスクに関連する監査要点に対しては、当該監査要点 について不正リスクを識別していない場合に比べ、より適合性が高く、より証明 力が強く、又はより多くの監査証拠を入手しなければならない。

6 企業が想定しない要素の組み込み

 監査人は、財務諸表全体に関連する不正リスクが識別された場合には、実施す る監査手続の種類、実施の時期及び範囲の決定に当たって、企業が想定しない要 素を監査計画に組み込まなければならない。

7 不正リスクに対応して実施する確認

 監査人は、不正リスクに対応する手続として積極的確認を実施する場合におい て、回答がない又は回答が不十分なときには、代替的な手続により十分かつ適切 な監査証拠を入手できるか否か慎重に判断しなければならない。

 監査人は、代替的な手続を実施する場合は、監査要点に適合した証明力のある 監査証拠が入手できるかどうかを判断しなければならない。代替的な手続を実施 する場合において、監査証拠として企業及び当該企業の子会社等が作成した情報 のみを利用するときは、当該情報の信頼性についてより慎重に判断しなければならない。

8 入手した監査証拠の十分性及び適切性の評価

 監査人は、実施した監査手続及び入手した監査証拠に基づき、不正リスクに関 連する監査要点に対する十分かつ適切な監査証拠を入手したかどうかを判断しな ければならない。監査人は、十分かつ適切な監査証拠を入手していないと判断し た場合は、追加的な監査手続を実施しなければならない。

9 矛盾した監査証拠があった場合等の監査手続の実施

 監査人は、監査実施の過程で把握した状況により、ある記録や証憑書類が真正ではないと疑われる場合、又は文言が後から変更されていると疑われる場合、また、矛盾した監査証拠が発見された場合には、監査手続の変更又は追加(例えば、第三者への直接確認、専門家の利用等)が必要であるかを判断しなければならない。

10 不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況

 監査人は、監査実施の過程において、不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別した場合には、不正による重要な虚偽の表示の疑義が存在していないかどうかを判断するために、経営者に質問し説明を求めるとともに、追加的な監査手続を実施しなければならない。

 なお、不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況は、付録2に例示されているが、この他の状況が該当することがあることに留意しなければならない。

11 不正による重要な虚偽の表示の疑義

 監査人は、識別した不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況について、関連して入手した監査証拠に基づいて経営者の説明に合理性がないと判断した場合には、不正による重要な虚偽の表示の疑義があるとして扱わなければならない。

 また、識別した不正リスクに対応して当初計画した監査手続を実施した結果必要と判断した追加的な監査手続を実施してもなお、不正リスクに関連する十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合には、不正による重要な虚偽の表示の疑義があるとして扱わなければならない。

 監査人は、不正による重要な虚偽の表示の疑義がないと判断したときは、その旨と理由を監査調書に記載しなければならない。

12 不正による重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場合の監査計画の修正

 監査人は、監査計画の策定後、監査の実施過程において不正による重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場合には、当該疑義に関する十分かつ適切な監査証拠を入手するため、不正による重要な虚偽の表示の疑義に関する十分な検討を含め、想定される不正の態様等に直接対応した監査手続を立案し監査計画を修正しなければならない。

13 不正による重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場合の監査手続の実施

 監査人は、不正による重要な虚偽の表示の疑義に関連する監査要点について十分かつ適切な監査証拠を入手するため、修正した監査計画にしたがい監査手続を実施しなければならない。

14 専門家の業務の利用

 監査人は、不正リスクの評価、監査手続の実施、監査証拠の評価及びその他の監査実施の過程において、不正リスクの内容や程度に応じて専門家の技能又は知 識を利用する必要があるかどうかを判断しなければならない。

15 不正リスクに対応した審査

 監査人は、不正リスクへの対応に関する重要な判断とその結論について、監査 事務所の方針と手続に従って、監査の適切な段階で審査を受けなければならない。

16 不正による重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場合の審査

 監査人は、不正による財務諸表の重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場 合には、当該疑義に係る監査人の対応について、監査事務所の方針と手続に従っ て、適切な審査の担当者による審査が完了するまでは意見の表明をしてはならな い。

17 監査役等との連携

 監査人は、監査の各段階において、不正リスクの内容や程度に応じ、適切に監 査役等と協議する等、監査役等との連携を図らなければならない。

 監査人は、不正による重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場合には、速 やかに監査役等に報告するとともに、監査を完了するために必要となる監査手続 の種類、時期及び範囲についても協議しなければならない。

18 経営者の関与が疑われる不正への対応

 監査人は、監査実施の過程において経営者の関与が疑われる不正を発見した場 合には、監査役等に報告し、協議の上、経営者に問題点の是正等適切な措置を求 めるとともに、当該不正が財務諸表に与える影響を評価しなければならない。

19 監査調書

 監査人は、不正による財務諸表の重要な虚偽の表示の疑義があると判断した場 合、当該疑義の内容、実施した監査手続とその結果、監査人としての結論及びそ の際になされた職業的専門家としての重要な判断について、監査調書に記載しな ければならない。